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本日という日

本日、1年ぶりの有給休暇を取得♪


うれしいわ。病気でしんどくても繁忙期のときは、休めなかった。
いまは、むしろ暇な時期に突入です。


そんな私の休みは何をしたのかと言いますと、病院へ行くでした。
病院に行きたいなって思っていたのですが、なかなか思うようにいけなかったのでね。しかし、市内中心部まで出かけると・・・

本日は8月6日。
広島市は原爆投下から67年目の日で記念式典があるため、警官がいたるところに配備されていて、当然のことながら人も多かった。


余り触れたくない話題ではあるが、たまには私にとってのこの日はどんな思い出があるのか書いてみるのもいいかもしれない。


私の義務教育を受けた出身地は、同和教育が激しい教育委員会の地域であったため、昔から平和?という教育は懲りてしまうほど受けてきた。
平和集会なんて、普通に学校のイベントとしてあり、当然のこと授業時間を割いて、平和教育という名の下、いろいろな話も聞いたし、そういった歌まで覚えて歌った。

私は中学生で生徒会の役員をすることになった。立候補者がおらず、数日前に、先生が家に来て、役員に立候補してほしいとお願いにきた。それでも、立候補しないと、今度は校長室で部活後、夜9時まで説得を受けるという羽目になり、半ば嫌々で、役員をやったという苦い過去がある。

同和教育や平和集会という名のものに懲りたのはこの役員のせいではないかと今でも思う。
なぜならば、生徒会が主導となって、色々な平和集会を全校集会として開かねばならず、横断幕も作るなど、色々なことをするのである。普通に考えれば、平和集会を生徒会で主導でやるなんて、よくあることではないの?と思うかもしれない。
8月6日という意味のある日ならまだ意味は理解できる。しかし、全校集会そんな日ばかりではないのだ。教育委員会として、ある差別裁判のやり直しを訴えていた。その事件が起こった日や判決の出た日だったか?などに、全校集会を開く。これも当然のことながら、同和教育の一貫でして組み込まれており、生徒会の年間行事としてスケジュール化してあるわけです。


その時、ふと疑問に思ったのだ。
何故、ここまで偏った同和教育に対し、生徒会が主導でやらねばならいのだろうと・・・。小学校までは、先生が主導で全校集会があった。
中学校からは、年間行事のイベントのため生徒会として、半ば義務であり、当然のことながら、日々の「ゆとり」という授業は、同和教育に関する話ばかりに限られてしまう。
音楽の授業なんて、そういう曲を歌わされ(覚えさせられ)、小学校での「はだしのゲン」は衝撃的だった記憶がある。


こんなことを疑問に思いだしたので、生徒会担当の先生と半ば言い合いになったことがある。

生徒会としての集会ではなく、先生達としての集会であると思うから、生徒会として行うのは何故かと疑問に思った。それを先生にぶつけてみると・・・
どうして、そう考えるのか?至極当然という言わんばかりの回答がきた。

そう、「おかしいと思うこと自体がおかしい」というのだ。一体何を小学校から習ってきたのだという話になった。
この出来事をきっかけに、私は、「生徒会」が非常に嫌だなと思うようになりましたね。今から考えれば、生徒会役員に向かない生徒でしたが、先生とこれ以上言い争うのは面倒でした。だって、あと数ヶ月我慢すれば生徒会役員として満了となるので、まあいいやと思った記憶がありますね。


「国歌」に関して言えば、授業で教わるなんてことは一切なく、私は「国歌」を知らず育ったといっても、過言ではない。卒業の頃、国旗掲揚をするように・・・という話がでだした頃であったが・・・当然、そういう地域の教育委員会ですから、国旗掲揚なんて、するはずもない。


義務教育終了し、高校という年齢から、こんな教育を受けた私からびっくりな、「国立」に行くことになった。
入学式で、当然のことながら、「国歌斉唱」&「国旗掲揚」となるわけである。
ものすごい違和感を覚えたのはいうまでもない。
国歌を歌えなかったのである。(当然、歌詞も知らない)

後から知ったが、音楽の教科書の最後のページって、「国歌」だったんですね。
私たちの地域は、別プリントの曲ばかりで、マトモに教科書を開くことが少なかったのです。
国歌に対し、内容の意味をどうこうという話はあるのは事実ですが、国歌である以上、日本人として、国歌を教えない義務教育というもはいかがなものかと思ったのです。
そうですね、国歌を聴いたのは、オリンピックですよ。この曲なあに?って普通に思った子供時代でした。


こんな話し同じ広島出身の「やちのすけ」に話しをすると・・・そんな教育受けてないっていうではないですか??同じ広島県下であるのに、私はカルチャーショックを受けましたよ。

1980年代~1990年代当たりまで日本で受けた義務教育で、しかも同じ県下でこんなに開きがあるのか?って正直思いましたね。


皆さんの地域はどんな義務教育でしたか?


私は、8月6日になると、全校集会があったこの頃の平和集会ばかり思い出します。
いまだに、この頃のことが刷り込まれているんだと思う反面、あの地域で育つ子供はいまも私達の頃と同じ教育方針なのだろうかと考え込んでしまいます。


同和教育が決して良くないといっているわけでありません。
ただ、偏った教育は偏った考え方を生んでしまいます。自分でそれに気づければいいでしょう。だけど、気づかず大人になり、そしてそれを子供に説明してしまうのも事実だと思うのです。

そういう意味で、私は生まれ育った地域から抜け出し、高校から違う枠組みで教育を受けれたことはラッキーだったなって思います。
いまでも、あの義務教育での教育方針は、ちょっとやりすぎでは?と思います。


なかなかうまく話しをまとめれませんね。


本日は忘れてはいけない日だとは思いますが、私には苦い思い出を想い起こさせる日です。
ある意味、当時の先生から思えば、あの地域で同和教育を受けて、失敗した例が私なのでしょうかね?

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